集中治療医のStudy Melbourne

麻酔科系集中治療医が家族4人でオーストラリア・メルボルンへ博士課程留学!初めての海外研究生活、メルボルンライフの模様をお送りします!

PhD授与と怒涛の新生活

2026年4月30日、正式にPhDが授与された。これで肩書きがMD, PhDに。

字体がカッコ良すぎて逆に読みづらい

 

3月上旬に博士論文をMinor修正して再提出し3/30にcompletion(コース修了)、そこからさらに1ヶ月待ってのPhD正式授与。

もう何度もお祝いをしているので特別なお祝いも特にしなかった。

 

いくつものプロセスがあって正直100%理解できていないが、おそらく残るイベントは卒業式だけのはず。

 

とにかくPhDが無事もらえてよかった。 2022年5月2日のコース開始からちょうど丸4年。

これにて人生最大の挑戦は正式に幕を下ろすことに。

慣れない仕事

無事PhDがもらえてめでたしめでたしと言いたいところだが、今は医師の仕事でてんやわんやで正直それどころではない。

 

前回書いた通り、出だしは順調!と思っていたのだが、回数を重ねるごとに自分の不甲斐なさ、使えなさを痛感する日々。

taku-fcb.hatenablog.com

 

異なる環境・異なる言語で仕事をしていると、ずーっと頭の中に靄がかかっている感じで、頭の回転が遅くなり、視野も狭くなる。日本で軽々とこなしてきた仕事も異常に緊張したり、時間がかかったりする。

自分への期待値をなるべく下げているものの、体力、メンタルともに削られる日々である。

 

とはいえ、4年ぶりの臨床はやはり楽しいし、何より仕事をしてその分給料を貰えるということ自体が、(奨学金を貰ってるとはいえ)前に進んでいる実感が得られにくかったPhD学生の時よりも精神的安定を与えてくれる。

 

それに、研究と臨床という違いはあれど「大変な4年間を乗り越えたのだから今回も大丈夫」という半分根拠のない自信を持てるようになったのも大きい。長い長いPhD生活が与えてくれたのは研究スキルや人脈だけじゃなかったんだな、と思える。

 

...と言いつつ、仕事の前は今だに緊張と不安に襲われて落ち着かないし、仕事の後は丸1日ぐらい全く使い物にならないほど疲弊する。

 

簡単ではないけど一歩ずつ進んでいくしかない。

引っ越し・車購入・子供達の転校

さらに追加イベントとして、4年間住んだアパートから引っ越しをした。

職場移動、子供たちの成長で部屋が手狭になったこと、など諸々を勘案した結果。

空っぽになった元の家



シティに程近いRichmondエリアの2ベッドルームのアパートから、北東の郊外の3ベッドルームのタウンハウスへ。

 

家がだいぶ広くなり、小さいながらも庭もある。

実家を出て以来アパートにしか住んでこなかったのでどんな生活になるか楽しみ。

 

引っ越しから数日しか経っておらずまだまだ落ち着かないのだが少しずつ進めていくつもり。

 

そして引っ越しに伴い2台目の中古車も購入。新しい場所はトラムや電車へのアクセスが悪く職場にも車通勤が必須なのだ。

 

今回買ったのは比較的新しい三菱のアウトランダー。

とにかく比較対象の1台目(カローラ2007)が古すぎるので、あらゆる面で感動しかない。

 

もちろん4年間苦楽を共にしたオンボロカローラもまだまだ現役で稼働中。傷や凹みだらけだけど。購入時は14万キロ台だった走行距離も気づけば18万キロ台後半に。本当によく走る車。

 

これからも私が主に通勤で使う予定。世界のトヨタ車、まだまだ頑張ってもらわないと。

 

さらにさらに、引っ越しに伴い子どもたちも新しい学校に転校。

転校に伴うストレスはどうかなという心配はあるが、とりあえず最初の1週間はそれなりに楽しく通っているようだ。アジア人が多くacademicな学校で、どちらかというと土曜校に雰囲気が似ているというのもプラスに働いているようだ。

研究は少し後回しに

研究はというと、残念ながら思うように時間が取れずあまり進んでいない。

 

PhD時代の研究に関しては、投稿論文がmajor revisionで返ってきた、新しい論文を書き始めたが時間がなくストップしている、もう1つ新しい論文のための文献レビューも滞っている状況。

 

勤務先で新たに始めた研究はRを使ったデータの統合をやったり、新しいプロジェクトで小さいグラントに応募したり、と少しは進捗がある。

 

色々状況が落ち着き次第スピードアップしていかないといけない。

書類仕事がたくさん

仕事、研究、引っ越しに伴うゴタゴタに加えて、ビザの更新、来年度の仕事の就活、医師免許の更新準備など書類仕事も山のように押し寄せて正直少しキャパオーバー気味。

 

単純な書類仕事と言えばまあその通りなのだが、どれも失敗すると職を失いオーストラリアの居場所がなくなるというプレッシャーもありなかなか一筋縄ではいかない。

 

今は新しい仕事を最優先にしているのだが、身体的精神的消耗が激しくて、仕事がない日に色々やろうとしても全く捗らないのが悩み。

 

無理をしても仕方がないので思い切って休むようにはしているが、いつかはペースを上げていかないといけない。

プレッシャーと闘いながらも

PhD修了、新しい仕事、新しい家、色々な書類作業。

 

PhD時代も精神的には苦しい時期もあったが、生活のリズム自体は比較的シンプルだった気がする。

 

一方で今は動きが多い生活で、毎日ハラハラドキドキしながら暮らしている。

早く新しい環境に適応して、自分の進む道を見つけられたらと思う。

 

息子の小学校と新しい仕事。オーストラリア生活第2章。

ここ最近の出来事をまとめてみる。

 

息子が小学生に

ここ最近の一番のビッグイベントがこれ。

息子がついに小学生に!(Prep = 0年生)

 

First day of school

 

オーストラリアに来たときはまだ1歳だったのでとても感慨深い。彼は人生の3分の2近くをオーストラリアで過ごしていることになる。


娘がprepになった3年前も懐かしい。

 

息子は、上の娘が小学校で楽しそうにしているのをずっと羨ましがっていたので、今のところ超ハッピーに通っている。

 

そういえば、娘の時はしばらく登校しぶりがあった。当時は親の愛情不足か?とか色々頭を悩ませた。結局原因は分からないまま時間が解決してくれたが、最近になってふと娘が「あの時はクラスに少し意地悪な子がいたのが嫌だったから」と妻に言ったらしい。

 

なぜその時言わなかったのか?なぜ今言ったのか?そもそも本当にそれが理由だったのか?

子供の心理はよく分からない。

 

ちなみにそんな娘は小学3年生。時が経つのは本当に早い。

 

博士論文へのフィードバックが来た

博士論文を提出したのが11月日。

 

そこから3ヶ月以上が経過してようやくExaminerからのフィードバックが来た。

2人とも「Pass」のRecommendation。

 

OverallもPass

いずれも前向きなコメントをくれて本当にありがたい。

 

次の2−3週間で時間を確保して、Minorな修正をして再度提出する予定。

正式なPhD授与まであともう少し。

 

ちなみに博士論文の一部で投稿中だった論文はリジェクトが続き、当初結構IF高めの雑誌掲載を目指していたが段々目標を下げている。心を無にしてreformatを繰り返している。

 

当初は結構いいとこいけるかな、と思っていただけに残念。Q1の雑誌に踏みとどまれたらいいな。

 

仕事開始と初任給

2月2日から医師としての仕事を再開する予定が、医師免許の変換が間に合わず。

手続きの遅さで悪名高い機関で、私もご多分に洩れず被害にあった。

 

その間病院のオリエンテーションや診療の見学をして過ごしていたが、皆に「お前だけじゃない、大丈夫だ!」と励まされた。

 

ICUの部長にはジョークで

I apologise on behalf of my country

と言われた。

 

許可が下りるまでは給与も出ないし、ただでさえ外国人で勝手が分からないのに遅れをとってしまって嫌だな、と思いながらobservershipをして過ごしていた。

 

が、2月の中旬にようやく許可が下りた。

ついに労働許可!

そして先日ついに、4年ぶり、オーストラリアでは初めて医者として働いた。

いきなりの夜勤×3日間でどうなることかと思ったけど、皆に助けられてなんとか無事にやり遂げた。

 

そしてそして数日前、初任給が入った。やったー。

色々あって最初の半年は0.5FTE(フルタイムの半分)なので、額はそれほど多いわけではないが、働くことができて、今後安定した収入が得られる見込みがたって一安心。

 

慣れるまでは時間がかかりそうだし、英語も含めてまだまだ改善すべきところはたくさん。初回の3勤務は心身ともに信じられないぐらい疲れた。

 

それでも、学生生活から抜け出して、一社会人そして医師と働けて、とてもとても嬉しい。

 

それにこの4年間色んな困難を乗り越えて博士論文提出までたどり着けたので、まあきっとなんとかなる、と思えるようになった。精神的にもだいぶタフになった。

 

Noosaの学会に参加

先週はQueensland州のNoosaで行われた学会に参加。

リゾート地であるNoosaに集まって、3日間ICU関連の臨床研究をみっちり発表・議論する素敵な学会で3年連続3回目の参加。

 

これまでの2回はPhD学生として指導教官にくっつく形で参加して、少し場違いで居心地の悪さを感じていたが、今年はついにICUで働く身分での参加した。

人として中身が変わったわけではないが、個人的にはやっとちゃんと輪に入れた感じがした。

 

私の指導教官は、基礎研究者ながらそこから派生した臨床研究も主導するやり手なので、毎年この学会で発表している。今回彼とも1ヶ月以上ぶりに再会し、色々とアップデートができてよかった。

 

これからは今の職場で臨床研究にも参加しながら、自分のプロジェクトを徐々に育てていく予定。

 

そういう意味でもこの学会はネットワーキングという意味でも本当に貴重な場になっている。今回も食事会・交流会にも可能な限り全て参加。まだまだ気後れしたりうまく話せない場面ばかりだが、毎年参加しているおかげで段々マシにはなっている気がする。

 

驚いたことに「去年までPhDだったよね?終わって働き始めたの?おめでとう」と覚えてくれている人もいて、こういう地道な活動を続けていくことの意義を改めて感じた。

朝は綺麗な海辺をラン、昼は学会、夜は交流会の繰り返し

まとめ

この1〜2ヶ月、オーストラリアの年度の切り替わりで、私や家族の環境も大きな変化があった。

 

まさにオーストラリア生活の第2章が始まったという感じ。

 

フレッシュな気持ちで少しずつ前に進んでいけるよう頑張りたい。

2025年の振り返り、2026年の目標

毎年恒例の1年の振り返りと翌年の抱負。

taku-fcb.hatenablog.com

2025年の振り返り

・博論提出&PhD修了 → ◯

11月頭に無事博士論文を提出して現在審査中。正式なPhD修了はもう少し先。

taku-fcb.hatenablog.com

・論文4本出版・1本投稿 → ◯

今年は筆頭著者で4本出版でき、1本は投稿中で目標通り。共著者で3本出版、3本査読中。

 

・PhD後の就職先確保 → ◯

紆余曲折はあったが、無事2月からのポジションを確保して臨床復帰が決定。事務手続きも少しずつ進んでいる。

 

・臨床に戻る準備 → △

これは正直あまりできていない。2月からの就職先に出入りして回診に参加させてもらっているぐらい。

 

・臨床研究の準備 → △

これもサボりがち。

 

・週2ジム通い継続 → ◯

日本から帰国後はペースがガタ落ちしてしまったが、それまでは週3で行けていたので◯ということにする。

 

ハーフマラソン完走 → ◯

無事に完走!

taku-fcb.hatenablog.com

・IELTS 8.5 → ×

8月に受けた久々のIELTSはOA8.0。そもそも継続的な英語の勉強をやめてしまっているのが問題。

taku-fcb.hatenablog.com

 

全体としてみると、一番の目標であった博士論文提出を達成できたし、論文のアウトプットも目標に届いたので良い年だっと言えるかな。

 

2026年の目標

・臨床復帰&契約更新

これが一番の目標。職場できちんと評価されて、次年度のポジションも確保したい。

とはいえ、最初は苦労すると思うし、オーストラリアに来て一番大きな変化になるので、身体や精神のバランスを崩さずに新しい生活スタイルを確立したいと思う。

 

・論文2本出版・1本投稿

臨床業務がメインになるので、アウトプットの目標は少し下げる。が、PhDの残りの仕事をきちんと終わらせたい。

 

・臨床研究で目に見える貢献を

これは曖昧な目標だが、職場の臨床研究チームに加わる予定なので具体的な貢献ができるようにする。臨床研究への患者の組み入れ、データの整理、可能なら共著者など。筆頭著者としてアウトプットを出すのは2027年の目標。

 

ハーフマラソン1時間30分ぎり&短いトライアスロン挑戦

来年のメルボルンラソンハーフマラソンの枠が当たった。(フルマラソンは抽選漏れ。)前回よりタイムを上げたい。

そして、短いやつでいいのでトライアスロンをやってみようと友人と言い始めて早1年以上。今度こそエントリーして挑戦したい。

 

・PhDや臨床での経験を発信

これまでブログは細々と続けてきたが、オーストラリアでのPhDの経験を積極的には発信してこなかった。が、それなりに需要があることが分かったので、2026年には臨床での様子と合わせてNoteかオンラインの何かで発信するつもり。細々とでいいのでとりあえず1年間継続することを目標にしたい。

 

・英語学習復活

英語の勉強の習慣を復活させる。具体的には英語の読書とAdavenced Everyday Englishを習慣化する。

 

・その他

永住権のEOI提出、Specialist pathwayの申し込み。

 

さて、どれだけ達成できるか。

 

2026年も良い年になりますように。

オーストラリアの自然を楽しむ夏休み。写真は岩によじ登る子供たち@Lerderderg State Park

ビーチで潮干狩り@Venus Bay

束の間の休息

気づけば2025年もそろそろ終わり、博士論文提出から1ヶ月以上が経ってしまった。その間にあった出来事をつらつらと書いていく。

ヒューストンでの学会発表&博士論文提出

まずは11月頭からアメリカ腎臓学会@ヒューストンに参加した。

 

予定では出発前に博士論文を提出して清々しく旅立つつもりが、結局詰めの作業を残した状況で出発。おかげで空港の待ち時間やフライト中にも作業する羽目になった。

 

ロサンゼルス経由でヒューストン入り。空港からタクシーでAirbnbへ。どうやら治安がよいところではなかったようで、滞在中時々奇声が聞こえたり、隣から終始クスリの匂いがしたりした。

 

ちなみに今回は同僚のオージーPhD学生と一緒に滞在。ほぼ同時期にPhDを開始して、3年半一緒に頑張ってきた同僚。彼とは2年半ぐらいはお互い実験が忙しくて深く話す機会も少なかったのだが、最後の半年はお互い机に向かう時間が長くなり、あれやこれやとよく話をするようになった。いつも穏やかで素晴らしく人間の出来た彼だが、大事な家族が亡くなったり指導教官との関係に悩んだり、かなり大変な経験をしていたのを側から見ていたので、最後の最後に旅先で本音を語り合えて良かった。

 

学会の前日にはNASAの宇宙センターを2人で訪問。

やっぱりアメリカはスケールが大きいなあと思いつつ、それ以上にアメリカの愛国的な雰囲気が印象的だった。街中の至る所にある星条旗があって、ロケットには必ず国名が刻まれ、「俺たちアメリカ、こんなすごいことしてきたんだぜ!」感。この辺日本ともオーストラリアとも全然違う。

全てのロケットにUNITED STATESの文字

月面を再現したもの

学会でのポスター発表は無難に終わった。複数の研究者、企業の人が興味を持って話しかけてくれて嬉しかった。発表以外のところでも日本の知り合い、ずっと話したかったICU界のビッグネーム、2月から働く病院の他科の部長など、色んな人と話す機会があって実りの多い学会になったと思う。

 

とにかく規模の大きな学会で、会場の広さ、ポスターの数、企業展示スペースの充実ぶりはオーストラリアや日本の学会とは比べ物にならない。今回はトラベルグラントを貰うことができて、他の受賞者と一緒にメンタリングを受ける機会もあったのだが、受賞者だけで100人以上。

学生向けのトラベルグラント受賞者の集まり

学会1日目の夜には、近くの研究機関を訪問して1時間の講演。例によって指導教官に頼んで紹介してもらって話をしてきた。お金と時間をかけてアメリカにきて、ポスター発表だけでは割に合わないので。たくさん質問も出たし、割と盛況だったような気がするけど、プレゼン能力は改善の余地が大アリ。まだまだ修行が足りない。

 

そして学会の最終日の夜に博士論文を提出。

博論提出待ち時間に走りに行った公園

翌日に日本へ飛び立った。

日本滞在

アメリカでの学会を終え、博士論文も提出して約8ヶ月ぶりの日本帰国。妻と子供たちとは日本で合流。

帰国1発目はもちろん松屋

全部は書ききれないが、とにかく満喫した。

 

日本滞在のハイライトは義理の妹の結婚式。神社での結婚式で、日本の良さを全部詰め込んだような素敵な結婚式だった。あまりに素晴らしすぎて、エンディングムービーで泣いてしまった。歳を重ねて涙もろくなったなあ。

 

次の週には長野の田舎に行って親戚が営むAirbnbに滞在させてもらった。

 

古民家を改築したおしゃれな宿。落ち着いた雰囲気で、都会の喧騒から離れてのんびりするには最高の場所だった。

絶景をバックに庭先で火おこし

宿のある駒ヶ根周辺は、活気があって見どころも多いのだが、超人気観光地のように大混雑しておらず、子連れでもストレスなく楽しめたのがよかった。よほど楽しかったのか、子供たちはここに住みたいとしきりに言っていた。

美しき日本の田舎の風景

雪山に出かける@駒ヶ岳ロープウェイ

雪ではしゃぐ娘

秘密基地のような森の中の図書館@くらすわの森

ウィスキー工場の見学@マルス駒ヶ岳蒸溜所

奈良井宿

他にもお互いの実家に行ったり、友人や元同僚と会ったり、子供を色んなところに連れて行ったり、七五三の写真を撮ったり。

成長した子供たち

今回の日本滞在は紅葉シーズンで季節も完璧、都心の雑踏に子連れで繰り出すこともほとんどなかったので、日本の良いところだけをとことん楽しんだ感じ。

あまりに充実した滞在だったので「オーストラリアに戻りたくない」と少し本気で思ってしまった。

 

オーストラリアにも良いところはたくさんあって好きだけど、やっぱり自分の国の居心地の良さには勝てない。特にここ最近、オーストラリアでマイノリティ(外国人)として生きることの厳しさに晒される出来事がいくつかあったので、余計にそう感じられたんだと思う。

 

もちろん、だからと言ってオーストラリアの生活に後ろ向きになることはない。

You will never be completely at home again, because part of your heart always will be elsewhere. That is the price you pay for the richness of loving and knowing people in more than one place.  ー Miriam Adeney

少し前に出会ったこの言葉がしっくりくる。

 

来年から新しい生活が始まるし、日本で十分充電できたので、もうしばらくはオーストラリアで楽しんで生きていこうと思う。

アデレードで学会

オーストラリアに帰国して数日後にはアデレードで学会に参加した。毎年ラボで参加していて、2年前にはイギリス行きを支援してもらったお馴染みの学会。研究チームの年1のミーティングも合わせて5泊6日の旅だった。

 

学会ではポスター発表。一応最優秀ポスター候補としてプレゼンしたが、なんとも微妙な出来で賞は取れず。実力不足。いや、博士論文提出からの日本満喫直後で、モチベーションが低い中で、なんとかやり切ったのでそれで許してほしい。

 

5泊6日、体調が微妙で薬を飲みながら、ほぼずーっとチームと行動し(修学旅行かよ)、ホテルのプールで皆で泳ぐという謎の交流もあったりして、正直お腹いっぱい。よく考えたらこれがPhD学生として参加する最後の学会。でもそんな感慨は全く湧いてこず、肉体的にも精神的にも疲れ切って帰ってきた。

その他

他にやっていることといえば、

  • 所属施設でカジュアルの仕事(器具の洗浄や荷物の積み下ろしなどの肉体労働)を始めてオーストラリアで初の給料をもらう
  • 3年半あまりできなかった子供の送り迎えをする
  • 来年から働く病院を訪問してICUの回診や研究チームに参加する

など。あと1ヶ月と少し、新しい仕事が始まるまでは悠々自適にやりたいことをやるつもり。

大学院の研究でやり残したことがいくつかあるのだけど、それは年明けに。

博士論文を提出

2025年11月10日13時26分(メルボルン時間)。

 

 

 

博士論文提出!

 

 

提出はまさかのアメリカ、ヒューストンから(学会で出張中)。こちらの時間で午後20時26分。

 

これより6時間前ぐらいに提出を試みたものの5時間ぐらい放置してもLoadingのグルグルから変わらない。

調べてみたらファイル名にスペースが入っているのがダメだったようでやり直し。

グルグルグル...

3分ほど待って...

提出完了!



 

2022年5月から3年半、予定より少しだけ遅れたけど、長い長い戦いにようやく一区切りがついた。

 

 

3年半で残した成果は...

  • 論文
    • 筆頭著者 7本(原著4、総説1、レター1)+査読中1
    • 共同著者 3本(原著2、総説1) +査読中3
  • 発表
    • 口演 18回(学会、招待講演など外部向けのもの全部含む、うち日本語4)
    • ポスター 4回(日本語0)
  • 受賞/トラベルグラント:5

 

上手くいかない、苦労したことばかりが記憶に残っているけど、こうして振り返るとコツコツ積み上げたものがしっかり形として残っていることに気がつく。perseverance(忍耐強さ)が何より重要だと言われ続けてきたけど、それを身をもって学んだ3年半だった。

 

 

そしてここまで来れたのもひとえに指導教官、同僚たちにのおかげ。研究経験もほぼない、英語も大してできない自分を辛抱強く支えてくれて本当にありがたい。

 

 

 

 

これからフォーマットなどのチェックが通れば、外部のexaminer2名に審査→結果が返ってきて、修正して...があるので、順調に行っても正式なコース修了/博士授与はまだ数ヶ月後。

 

 

 

 

 

でもこれでひと段落。

 

 

 

 

 

アメリカ出張のことはまた別に記事にするとして、明日そのアメリカから日本に旅立って、3週間ほど滞在する予定。

 

 

 

 

 

ゆっくり休んで、またオーストラリアに戻って頑張ろうと思う。

 

 

 

 

 

ひとまず

 

 

 

 

やったーーーーー!!!

メルボルンハーフマラソン2025

PhD追い込みの合間でハーフマラソンに参加してきた。

 

今回参加したのはNike Melbourne Marathon。おそらくメルボルン最大のマラソンイベントだ。

 

このイベントには2年ぶり2回目の参加。ハーフマラソンは研修医の頃(2015年?)にも一度走ったので3回目。

 

Melbourne Marathon、ここ数年どんどん人気になっているようで、去年は発売1週間後に予約しようとしたら売り切れ。

今年の分のチケットは去年の11月の発売当日に購入できたが、ハーフもフルも1日か2日でチケット完売していた。すごい。

 

ちなみに一昨年は友人と参加してゆっくり走ったが、今年は1人で参加。

PhDの追い込みと重なるので無理のない範囲で記録にチャレンジしてみることに。

 

ここ半年ぐらい健康と心の安定のため週2−3回朝5時過ぎに起きて1時間弱ジム通いをしていたので、直前1ヶ月ぐらいランの割合を増やして本番に備えた。

レース当日朝

さて、早速レース当日の話。

 

当日は朝5時に起床して軽い朝食を済ませる。

 

7時半スタートに備えて、6時過ぎのトラムに乗ろうとするも超満員で乗れず。

 

諦めて会場まで2kmほどウォームアップがわりに小走りで移動した。

会場に向かう道すがら。だんだん人が増えてくる。

会場に入るとすでに大混雑。天気もよくテンションが上がってくる。

朝7時でこの混雑。ちなみにフルマラソンは6時半スタート。

臨時テントに荷物を預けて、軽くストレッチをし、トイレも済ませて、早めにスタートに向かう。というのも...

スタート15分前のスタート付近、すでに大混雑なのだ。2年前に経験済み。

なんとか隙間を見つけてスルスルと前に進み、お目当ての...

ペースメーカーの元に到着!!

なんとか目標タイム1:35のペーサー(ペースメーカー)の元に辿り着くことに成功。

 

目標達成には同じペースで走る人たちが大事!とネットに書いてあったのだが、一昨年もスタート付近の大混雑を経験していて、スタートでの出遅れを心配していた。ので、これはかなりの安心材料!

 

そして、いざスタート。

 

 

 

そこからはもう...最高だった。

 

 

気温も15℃弱、晴れ間が見える曇りで直射日光なし、という最高のコンディション。

 

 

 

そして、何より色んな人と一緒に外を走るのが楽しい!

Albert Park周辺

というのも、私は普段ジムのトレッドミルでしかトレーニングをしていなかったのだ。

 

ジムの無機質で変化のない退屈な景色の中を30分〜1時間。全然楽しくない。ただただ目の前のタイマーと睨めっこしながら、例えば1時間なら、「あと2分頑張ろう」を30回ぐらい繰り返す、というよく考えるとかなりストイックなトレーニング方法。友人(後輩)にそれ話したら「マジで頭おかしいっすね!」と褒めてもらえた。

 

当然楽しくないので1時間(約14km)ぐらいが限界。なので本番前にそれ以上の長距離ランをこなせず不安はあったのだが、結果的には全然問題なかった。

 

むしろ変化のあるランで21kmが普段のトレーニングより圧倒的に短く感じた。メンタルトレーニング万歳。

 

今年も沿道には応援の人がいっぱいいて、奇声を上げたり楽器を演奏したり並走したり変なプラカードを掲げて応援したり色んな人がいた。

 

今年一番記憶に残ったフレーズは

Never trust a fart after 15 km

15 km以降のオナラは信用してはいけない(油断すると実も出ちゃうよ、というジョーク)

 

そんなこんなで残り約3 kmまでペーサーについていき、その後はペースアップ。

ゴール近くには家族も応援に駆けつけてくれた。

 

MCG内で無事ゴール!

遠くに見えるナイキのマークがゴール地点。普段入れないMCGのピッチというのがまた良い。

気になる結果は...

 

最後は足がキツくてペースが落ちたけど、目標は無事達成!

 

終わってスタジアムの外に出て、スポンサー企業が配っている無料のヨーグルトやプロテイン飲料をいくつかゲットして家族と合流してワイワイ帰宅。

 

お昼過ぎから私の誕生日祝いも兼ねて家族でお祝い。マーケットで買ってきた牡蠣、ムール貝、妻が作ってくれた料理とケーキ、禁酒明け2週間ぶりのビール、白ワインが最高だった。

マーケットで牡蠣を買うのがレストランで食べるより圧倒的にお得

ケーキ。盛り付けは子供。ありがとうございます。




ということで今回は今回で相当満足したのだが、イベント当日には早速来年の告知が来ていた。早い。

 

例年通りなら予約は11月なので早々に心を決めなければならない。

まだ少し迷っているが、心は95%フルマラソンに傾いている。

 

せっかくならそれなりの記録を出したいけど、それには今年やった週15−20kmのトレーニングではとても足りなさそうなので、ちょっとそれがネック。トレッドミルで30kmのロングランとかは絶対やりたくないなぁ...。

 

とはいえ、まだまだ記録向上の余地を感じるのでしばらくのんびりランを継続して、また来年の冬になったらコツコツ頑張っていこかと思う。

PhD最終発表

先日PhDの山場の一つであるFinal orationを終えた。

 

Final Orationとは?

Final Oration(別名Completion Seminar)は、博士論文提出前の最終発表のこと。

 

規定は大学によって異なるが、私の大学では長さは1時間、事前に広く告知されている、専門家が複数名聴衆にいるなどの条件がある。

 

欧米のPhDのいわゆるthesis defenseとは異なり、とことん質問攻めにされて詰められる(こちらの人はgrilled:グリルされる、という言葉を使っていた)という空気ではなく、3年半の成果を発表する晴れ舞台という感じだ。

 

ちなみに2025年からvivaと呼ばれるthesis defenseに近いものが追加になった。2025年以降に開始したPhD学生には必須になったが、それより前にスタートした場合はオプションの1つ。私はもちろんスキップ。こちらは大学側もまだまだ様子見という感じでどんな感じかは分からない。

 

プレゼンの準備

1時間の枠での発表は昨年のロンドンでUCLを訪れて以来二度目。

taku-fcb.hatenablog.com

非ネイティブで元々プレゼンも得意でない私にはかなりの重荷だ。

 

しかし最後の晴れ舞台なので下手なプレゼンはできない。

 

せめてもの救いは、内容の半分以上を別の機会で複数回発表していたことだった。以前の発表スライドを土台にして、スライドデザインや見せ方も全部見直して、2週間ぐらい時間をかけてスライドを作った。

 

ちなみに今回も喋りの原稿は全て準備。いつか原稿なしでスラスラ話せる日は来るのだろうか?

 

今回は最終発表ということで、研究内容はもちろん、導入と終わりの部分にもかなりの時間をかけて作った。

 

指導教官にはプレゼンに熱意と個人のストーリーを存分に入れ込めとずーーっと指導されていて、それを実践することを意識した。

 

例えば導入での一節。

”I have seen situations like this many times in my clinical practice. To me, it feels very unfair.
This is the problem I want to address. And this is why I came to XXX(研究機関).”

 

こういうの、来たばかりの頃はすごく抵抗があったが、指導を受け続けたり上手い人のプレゼンをたくさん聞いたりして、恥ずかしがらずにできるようになった。

 

もちろんネイティブの人たちのように言葉巧みには話せないので、とにかくストレートかつシンプルな英語で、ゆっくり喋ることを心がける。

 

そして最後はAcknoledgement。普段ならサラッと済ませるところ、今回は3分〜5分ぐらいかけて指導教官、同僚、共同研究者、大学のスタッフ、そして家族にも丁寧にお礼の言葉を述べる。

 

本番1週間前に指導教官たち+αの前でpractice talk。かなり細かい想定質問をもらい、初めて発表する内容には色々とツッコミを受け、その他スライドにも細かいフィードバックをもらった。

 

それを元に1週間かけてスライドを直して、10回以上追加で練習した。

 

本番

迎えた本番。

 

ボスの推薦で研究機関の週1セミナーの一環として開かれたので、聴衆は50人ぐらいと結構多かった。ラボの同僚たちはもちろん、他のラボのPhD学生や偉い人もたくさん来てくれた。

 

外からは妻、日本人の友人何人か、両親も日本からZoomで参加してくれてありがたかった。

 

 

指導教官から過分な紹介を受けて、その後ステージへ。

 

緊張で口がカラカラになって結構噛んだりもしたけど40分ほどのプレゼンを無事に終えることができた。

発表中の私

 

終盤亡くなった指導教官と家族に感謝を述べるところは予定外に感情が込み上げて、言葉に詰まってしまった。

 

続いて10分ほど質疑応答、想定にはない質問もいくつかあったが無難にこなせたと思う。

 

今回は自分の中で95点ぐらい。もちろん完璧には程遠いけど今の自分の実力で最大限のパフォーマンスはできたと思う。

 

初めの頃practice talkでボコボコにされたのが懐かしい。その頃と比較すると本当に成長したなと思える。

taku-fcb.hatenablog.com

その後学部長からお褒めの言葉と記念品を受け取り無事終了。

 

最後は色んな人がおめでとうと声をかけてくれて、写真もたくさん撮った。

 

終わった後は指導教官たちと一緒に近くのレストランでランチとワインでお祝い。

 

その後は家に返って家族と超久々のお刺身とプレゼントで日本酒でお祝い。

お祝いでもらった本、お酒など

 

Oration後、1−2日は直接話したことがなかった人にも「すごくよかったよ!!お疲れ様!!」と出会い頭に声をかけてもらったり、普段やり取りのない人から労いのメッセージをもらったりした。ボスの元にも色々ポジティブな言葉が届いていたようだ。

 

一番多かったのは「複雑な研究内容をよく咀嚼して発表できていて専門外の自分にも分かりやすかった」というもの。中には「ここ数年のOrationで一番良かった」とか「教授のレクチャーかと思った」「パッションに溢れていて最後言葉に詰まっているの見て自分も泣きそうになった」という意見も。

大袈裟に褒める文化なのでお世辞が多分に入っているのだが、少なくとも悪くない発表だったようで安心した。

 

実はここ最近数週間、指導教官との関係が少し悪くなってしまったり、その他に理不尽と思えることがあったり、正直精神的に参っていた。これに関してはいつか自分の中で消化してポジティブに捉えられるようになったら書くとして、とにかく留学開始以来、一番オーストラリア生活が嫌になっていた。

 

そんな中、なんとか無事に発表を終えて、色んな人に労いを言葉をもらって心がだいぶ軽くなった。

 

残すは博士論文の提出のみ。提出までまだ一山もふた山もある気がするが、なんとか無事に辿り着くまで踏ん張ろうと思う。

2年ぶりのIELTS

前回受験からもうすぐ2年で有効期限が切れるので久しぶりにIELTSを受験した。通算8回目。

 

この2年の間に

・Cambly→1年以上前に辞めた

Podcast→Luke’s English Podcast, Hidden Brain, This American Lifeを趣味で聴いている

・Everyday Englishをそれなりにやったのでもう辞めた

という感じで、ちゃんとした英語の勉強はほとんど辞めてしまった。本当はやった方がいいのは分かっているのだけど…なかなかモチベーションが続かないのだ。

 

今回は直前に1週間ほど夜の30分〜1時間昔使っていた教材の見直しをして臨んだ。

 

結果は…

最低限の目標はクリア。

オーストラリアで医師として働くにはWは6.5、それ以外の3つが全て7.0以上が必要。Wも以前は7.0だったが最近6.5に下がった。

 

今回スコアが足りなければ、再受験に金がかかる上に、対策に時間を割かないといけなかったので、それを回避できた点では満足。

 

でもPhDでいっぱい発表もして論文も書いてるのにライティングとスピーキングは全く伸びてないんだな、とガッカリ。今回はSもWも科学・医学関連のことが一切なかったから仕方ない…と思うことにする。

 

逆にRとLは試験的には行くところまで行った感がある。それなのにニュース記事には知らない単語がたくさん出てくるし、日常生活ではたまに全く聞き取れない人に出会ったりもする。言語の壁がいかに厚いかを感じずにはいられない。

これまでの変遷

2020年

 ① R 9.0, L 6.5, W 6.0, S 5.5, overall 7.0 
 ② R 7.5, L 8.0, W 6.5, S 6.0, overall 7.0
 ③ R 8.5, L 8.0, W 7.0, S 5.5, overall 7.5 
 ④ R 8.0, L 7.5, W 6.5, S 7.5, overall 7.5 
 ⑤ R 9.0, L 8.5, W 7.0, S 6.0, overall 7.5 
 ⑥ R 9.0, L 8.0, W 7.0, S 6.5, overall 7.5
2023年
 ⑦ R 8.0, L 9.0, W 7.0, S 7.0, overall 8.0
2025年

 ⑧ R 9.0, L 9.0, W 7.0, S 7.0, overall 8.0 ← New

受験料はどんどん値上げ

ちなみに今回オーストラリアでの受験料は

$475AUD (← $410AUD 2023/12)

 

ものすごい値上げしている。

 

ちなみに日本では25,000円〜28,000円ぐらいなので2万円近く差がある不思議。

 

いつかSpeakingとWritingはリベンジしたいけど、高すぎるので...また2年後かな。

 

来年、仕事が始まったらまた英語で苦労するのは目に見えているので、今のうちからコツコツと...と言いたいところだけど、今はPhDのことで精一杯。無事博士論文を提出し終えたら考えることにする。

残りわずかの大学院生活、そして就活

長かったPhD生活もいよいよ最終盤。

10月頭を博士論文提出の目標に設定したので残りは約2ヶ月。やっと、やっとここまで来た。

 

ここ最近の出来事を書いていく。

 

来年からの就職先が決まった

まずはなんといってもこれ。

来年2月(オーストラリアでの新年度)から医師として働くためのjob offerをもらった。

 

働くのは亡くなったボスが働いていた病院で、立場はregistrar=日本でいう後期研究医。

 

元々その病院には何度か足を運んでいて、知り合いもそれなりにいる。事前にある程度話を通していたのだが、公式のjob application期間に申し込んで、interviewを受けて、内定をもらうという流れだった。

 

job interviewでは"Tell me about yourself."から始まり、自分の強み、改善するとしたらどこか?Refereeがあなたをどう言うと思うか?などいくつかよくある質問を受けた。3ー5分程度。

 

その後はカジュアルな雑談。友人のアドバイスでCVにPrivateの欄を設けたのが功を奏した。テニスをすると書いたらその話で盛り上がった。

 

合計10分ほどで終わり、次の面接者と交代になった。

 

2週間ほどして無事job offerのメールが来て、即お願いしますの返信をして完了。

 

ちなみに今回は他の病院には一切応募しなかった。自分の中でその病院で働く以外考えられなかったし、既に十分な繋がりがあって断られることはないと思ったのが理由。もちろん正式なオファーをもらうまでは不安はあったけど、これで一安心。

 

このあとは医師免許書きかえのための長ーい書類手続きがあるのだけど、それは粛々と進めていけばいいだけ。

 

就活がスムーズに進んだのは長く現地にいて、周りの人との関係を築いてきた大きなメリット。3年半頑張ってきたおかげということで遠慮なく享受させてもらった。

 

これで約4年ぶりに臨床に復帰できる、そしてまた次の1年オーストラリアで勝負する挑戦権を得た。

 

期待を裏切らないように頑張らないといけない。

 

PhD修了に向けて

ということでとにかくPhDを無事終えることが今の最優先課題だ。

 

やるべきことは大きく3つ。

①博士論文仕上げ、②論文執筆、③最終発表。

 

① 博士論文仕上げ

一番はこれ。

私の博士論文はいわゆるThesis with publicationで

1. General Introduction (Literature Review)

2. Experimental Chapter 1:出版済み

3. Experimental Chapter 2:出版済み

4. Experimental Chapter 3:執筆中(②)

5. General Discussion

 

という構成になる予定。

ここ2ヶ月ほど1の改訂にかなりの時間を費やしていた。Literature Review自体は1年目に書いてそこからずっと放置していた。改めて読み直すと穴だらけ、後ろのChapterとも微妙にフォーカスがずれていて、大幅な加筆修正を要した。

 

先週末にようやく書き上げて指導教官たちに送りつけた。

次は②が終わり次第最終章のGeneral Discussionの執筆に移る予定。

② 論文執筆

実験のChapter2つは幸い今年2月と6月に出版することができた。ので残りは1つ。

 

数週間前に細かい追加実験を終わらせ、本格的な執筆に移った。とはいえ同僚にお願いしている結果が全て出揃っていなくて、それを待っている間に書けるところだけ書き進めている状況。

 

9月末までには雑誌に投稿済みの状態にして、博士論文を提出する予定。

③ 最終発表

修了要件の1つである1時間の最終発表(Final Oration)の日程は9月下旬に決まった。

おそらく50人ぐらいの前で発表。せっかくの舞台なので妻や仲の良い友人、そして両親にも声をかけておいた。

最後の晴れ舞台なので、早めに準備を始めて、なるべく良い発表をしたい。

 

ちなみに、オーストラリアのPhDの最終発表はcelebrationの雰囲気が強くて、いわゆるアメリカのthesis defenseのようにボコボコにされるということは全くない。これまでも研究所内のいろんなPhD学生の最終発表を見てきたが、皆一様に晴々とした顔で発表し、最後には拍手の中賞状と記念品をもらっていた。来月には遂に自分にもその番が回ってくると思うと非常に感慨深い。

(ただし私の大学では2026/1以降に開始したPhD学生はviva(多分defenseに近いもの)が必須になった。ただまだ経験した人はいないはずなのでどういう感じかは分からない。)

 

④ その他

最後の数ヶ月は上記3つに集中!と思いきやそんなわけにはいかない。

 

PhD外のプロジェクトの解析をしたり、倫理審査の書類を書いたり、学会の抄録を書いたり、他の論文を書いたり、いろんなミーティングに参加したり、とにかく最後までやることは尽きない。

 

生活リズムを崩さない

とこんな感じで最後の追い込み期間なのだが、1年目に追い込みすぎて体調を悪くした経験から極端に生活リズムを崩すのは避けている。いや、本音を言うと、ちゃんと休んだり息抜きをしないと私も家族もやっていられないのだ。

 

なので早朝にジムに行き、週末は少し作業をしつつもなるべく家族で過ごすようにしている。最後まで人並みの生活を維持しながらゴールテープを切るのが理想だが、果たしてどうなるか。

 

今年のメルボルンの冬は寒くて雨も多かった気がする。そんな中でも天気が良い週末に車を1ー2時間走らせてハイキングか野生動物探しをするのが家族での楽しみ。

 

最近行って当たりだった3ヶ所を勝手に紹介したい。

① You Yang National Park

www.parks.vic.gov.au

メルボルンから西へ1時間強。

今回はTurntable carparkからFlinders Peak Walkへ。

 

往復3.3kmを1.5時間ほどで踏破。割と急峻なルートだがちょうど良い負荷のウォーキングコースだった。登っている間ずーっと景色がよいのが◎。

 

頂上で家族でサンドウィッチを食べたのが楽しかった。

頂上少し手前の景色が良かった

帰りにはドライブがてらGeelongまで足を伸ばし子供達はアイスクリーム、私と妻はコーヒーを買って、海辺の公園で遊んで帰った。Geelongは初めて訪れたが人が多すぎず意外と都会で気に入った。

Geelongの海辺の公園で

② Hanging Rock

www.visitmacedonranges.com

こちらは北西方向に車で約1時間。

 

不思議な岩の地形を楽しめるコース。こちらは往復1時間弱の緩めのコース。

とにかく岩場があって子供達は岩登りに夢中。

子供たちは景色より目の前の岩に夢中

Hanging Rockの周りにはカンガルーがいっぱい。帰りの運転中にはカンガルーの親子と並走するという嬉しいハプニングが。

 

立ち寄ったWoodendという街は小さいながら良い感じの店がいっぱいあった。

いい感じの雑貨屋さん(Woodend General Store)

今回は行かなかったが近くにワイナリーも複数あってリピートしたいエリア。

 

③ Westerfolds Park

こちらは北方向に車で30分ほどのTemplestoweという地区にある公園。Cityからもかなり近いし、なんなら2月からの職場にも結構近い。

 

割と都会にある公園なのに昼間でもカンガルーがいっぱい。奥の方まで入ると野生のウサギにも出会えた。

近場でカンガルーに会いたくなったらここに行こう。

 

 

ビクトリア州だけでもまだまだ知らない自然豊かなところがたくさんあってそれを開拓するのが楽しい。3年以上たった今でもカンガルーに会うだけで喜べる私たち家族は、もしかしたらオーストラリア生活に向いているのかもしれない。

 

ということで週末の自然との触れ合いを楽しみに残りのPhDを頑張ろうと思う。

3年経過・子供たちの様子

 今日は最近の子供たちの様子について。

 

以前の記事はこちら。

娘、小学2年生

娘は現在7歳、現地校でも日本語補習校(土曜校)でも2年生。一時の登校しぶりはほぼなくなり元気に学校に通っている。

 

現地校は相変わらず勉強が緩めなのでついていけない心配はない(むしろ学校が心配、下に書く)。Mathに関しては土曜校が多少先取りのような形になっていて、思わぬところで土曜校の恩恵を享受している。

 

今年は学校のStudent Voice Team (SVT:いわゆる学級委員)になって学校のイベントを企画したり、それなりに活躍もしているようだ。

 

学年が上がり少し複雑な人間関係を経験するようになっていて、親としては気を揉むこともあるが基本は見守るしかない。自分が子供の頃親もこうやって心配していたんだろうな、と今になって気づくこともある。

 

一方、土曜校は週1で日本の国語算数のカリキュラムをこなすので結構大変。宿題も結構量があるが今のところはきちんと取り組んでいる。何より日本人の友達に会ったり本を借りてきて読むのが楽しいと言っているのでよかった。

 

横で宿題に取り組む娘を見て、2年生でこんな難しい漢字習ったっけ?と感心したり、九九をなかなか覚えなくてイライラしたり(ごめんなさい、でも親ならわかると思う)。

 

上の学年になるにつれ、「なぜ土曜まで学校に通う必要があるのか?」と土曜校の存在自体に疑問を持ちモチベーションを下げてしまう子が出てくると聞く。娘は今のところ土曜校に行くのが当たり前と思っているようでこれがどこまで続くかが気になるところ。

 

娘は週6の学校+宿題に加えて習い事も複数掛け持ちしていて、大忙しの毎日である。少し減らそうよと言っても嫌だといい、むしろ今度は楽器を習わせて!!!!とお願いされて困っている。

息子、4歳キンダー

まもなく5歳になる息子は引き続きキンダー(4歳)、そして4月からは土曜校が始まった。

 

週2のキンダーは、おそらく英語の成長に伴って日に日に積極的になっている様子が分かる。

 

息子は娘に比べて友達の基準が厳しめで、結構ガッツリ一緒に遊ばないと友達認定しないらしい。去年1年間は「今日も誰とも遊ばなかった」と少し悲しげに主張することが多かった(写真を見たり先生の話を聞いたりすると実際にはまあまあ遊んでいるようだった)が、今年は毎回「今日は◯◯と遊んだ」と教えてくれるように。

 

クラス担当の3人の先生もかなり頑張ってくれているようで、お菓子やパスタを作ったりアート作品を作ったり、かなり充実した経験ができている。息子が口ずさんだ日本語の歌を拾ってYoutubeから見つけてきてみんなで歌った、と息子から聞かされた時は良い意味でとても驚いた。

 

今年のクラスでは、毎週1人がFlying Fox(コウモリ)のぬいぐるみとカメラを家に持ち帰り、1週間色んなところに行ってぬいぐるみと一緒に写真を撮り、翌週それを皆の前で発表するというプチイベントがある。息子はそれをずーっと楽しみにしていて、ついに最近息子の番が回ってきてその週は大はしゃぎ。翌週皆の前で発表したらしく(写真でしか見ていないが)、本人はとても嬉しかったらしい。

 

コウモリと行く水族館

そして4月から通い始めた土曜校も大喜びで通っている。3年間娘が通うのを見てずーっと羨ましがっていた息子。ついに自分も通える学年となり超絶ハッピーらしい。最初の数週は「明日土曜校?」と毎日尋ねてくるぐらい前のめりになっていた。通っているのは幼稚園の部なのだが本人の中では土曜「校」=「学校」らしく、キンダーの友達に「みんなより早く学校に通い始めた!」と誇らしげに話しているらしい。

 

もう1つ、息子の関節痛問題。去年の10月に日本で検査を受けて問題なく、その後は症状もほとんど出なくなった。そしてつい先日通っていた小児病院からも定期通院不要と言われた。2年以上悩まされたけどついに卒業で一安心!

かわりに半年前に小児喘息と診断されたけど、それはまあ良しとしよう。

 

2人の英語と日本語は?

4歳すぐでメルボルンに来て3年と少しを過ごした娘。

 

当然だが英語の流暢さは親を遥かに超えている。特に怒って英語でまくしたててくる際はスピードと英語独特の圧がすごくて、「ちょっと何言ってるか分からない」状態。この状態の娘を見ると毎回サンドウィッチマンの顔が頭に浮かんでくる。

 

そういえば最近NetflixのLittle Lunchというオーストラリアの小学校の生活を描いたドラマを見て、女の子たちのハッキリとした喋り方が娘とそっくりで笑ってしまった。

 

話を戻して…アカデミックなもの以外はボキャブラリーも娘が上。特に子供たちの日常に出てくる動作やモノの様子を表す言葉は娘から教えてもらっている。頭には全く入らない。

 

親から見ると英語:日本語がちょうど1:1、ジリジリと英語が優位になってきている印象がある。土曜校に通わせ、家でも日本語での会話を推奨(強制まではしていない)してやっとこれ。

 

読書が好きで日本語の本(おしり探偵やゾロリ)も読んでくれているので、それが役に立つと良いなと思っている。

最近の娘の作品

一方の息子。2歳前にきて人生の半分以上をオーストラリアで過ごしているが、現在はまだまだ日本語優位の状態。

 

日本語は5歳目前でひらがなの読み書きができるようになった。

 

上にも書いたように英語も話せるようになってきてはいて、姉弟で英語で会話する様子も頻繁に見られる。まさかこんな日がくるとは。。。

 

文法はまだまだめちゃくちゃだが、最近は過去形のedや三単現のsをつけるようになったり、どこで学んでいるのか勝手に成長している。アルファベットはそれなりに読める、ただし自分の名前以外はまだ書けない。

 

うちは子供に私たちは日本人だと言っているし、日本語をきちんと身につけてほしいと思っているるので、これからもできる限りのことをしていくつもり。

 

ちなみに私自身は「第二外国語は日本語の基礎ができてから」みたいな考えはあまり信じていない。そもそも子供の年齢で海外生活のタイミングを決められる状況になかったのもあるけど。

 

このあたりなかなか正解がないと思うが、大人になった時にどうなるか楽しみだ。

引っ越しを計画中

3年で子供たちが成長して今の2ベッドルームのアパートが手狭になってきた。なので今の契約が切れ、収入も安定する来年には引っ越しをする予定。

 

今住んでいるエリアはシティまでトラムで15分とパーフェクトな距離感なのだが、もう少し広い家に住むべくさらに郊外への転居になりそう。

 

今はそれに向けて小学校探しをしている。

 

以前にも少し書いたが、現在娘が通う小学校の昨年の教育環境はかなり不安だった。毎年やるはずの水泳がない、サイエンスも専任の先生不在などなど。

 

違う学校に子供を通わせている色々な知り合いにその話をすると「それは学校に今すぐ意見書を出すべきだ」「今すぐ転校させるべきだ」と言う人(ちなみにオージー)もいたほどだった。

 

今年はだいぶ良くなっているし、何より学校の雰囲気や親の感じはとても良いのでそこは気に入っているのだが、家のことも考えて別の学校に転校かなと思っている。

 

お金を払ってPrivate school (grammar school)に入れる予定はないので、Publicの中である程度心配の少ない学校に入れたい。

 

そのために今は妻が色んな小学校のスクールツアーに行ってくれていて、私もこの前仕事を休んで1つ参加してきた。複数の学校を比較してみると学校によって雰囲気や教育内容が大きく違っているということに気が付く。州共通のカリキュラムがあるとはいえ日本と比較すると学校間のバラツキが非常に大きい印象だ。この辺はメルボルンに来た時には全く分からなかった。

 

3年間住んで愛着もある今のエリアを離れるのは本当に名残惜しいが、やむをえない。住みたい家と通わせたい学校の兼ね合いで新しいホームタウンを決めるつもり。

 

ということで今回の子供の話はおしまい。