集中治療医のStudy Melbourne

麻酔科系集中治療医が家族4人でオーストラリア・メルボルンへ博士課程留学!初めての海外研究生活、メルボルンライフの模様をお送りします!

2年経過・研究について

オーストラリアに来て2年が経過したので、定期的に振り返るシリーズ。

 

今回は研究について。過去の振り返り記事はこちら。

6ヶ月経過・研究について(前編)

6ヶ月経過・研究について(後編) 

1年経過・研究について 

 

最後に研究のことを書いたのは2ヶ月半ほど前。

その際は年明けから研究がいまいち進んでいないことを書いた。

進まぬ実験

それから2ヶ月、、、状況は大きく変わっていない。

 

結局その後も他の実験との兼ね合いで立て続けにキャンセル。

 

さらにここ最近はラボとしてとある資格の取得を目指していて、この準備が予想の十倍ぐらい大変だと判明。ついには全ての実験を一旦ストップしてその作業に集中するよう指令が下った。

 

不幸中の幸いと言えるのは、学生はその仕事から除外されていること。多少のボランティアで協力している以外は、ライティングやらに時間を割くことができている。

Thesisの方向転換

ということで色々なことが起こって実験が前に進まない状況。

そしてとうとう、このプロジェクトをThesisから外すことを提案された

 

まあ薄々予想はしていたけど、これは自分の中で結構大きな決断だ。

元々このプロジェクトは結果がポジティブでもネガティブでも、自分の領域の医療者なら誰もが興味あるであろう内容で、自分のthesisの中心に据えるつもりでいたので少し残念。

 

ただ、既にメインの実験を90%ほど終えたもう1つのプロジェクトだけでthesisとしては十分なデータが得られそうで、無理をする必要がないのも確かだ。

 

オーストラリアで研究を始めて「スムーズに行くと⚪︎⚪︎ヶ月で終わる」という想定が実現することは皆無で、大体2倍ぐらい見積もっておくのがよいと学んだ。そう考えると、自分のコントロール外で実験がキャンセルされまくっているこの状況に悩まされるよりは、さっさと見切りをつけてしまった方が良いのかもしれない。

 

指導教官側としても、PhD学生に対してthesisに必要十分な量以上のプロジェクトを課すのは、その学生のやる気・希望の如何に関わらず、安い労働力を搾取していると捉えられかねない、という懸念があるらしい。

 

プロジェクト自体が消滅するわけではないので、可能な範囲で実験を進めて後任の人に引き継ぐというのが現実的かな、というところ。

 

5月の中頃に博士課程2年のprogress review meetingで相談して承認になる見込み。

論文執筆は大詰め

上にも書いた通り、この2ヶ月はライティングの時間をたくさん取れて、半年かけて書いた論文が投稿間近になった。本当に長かった。

 

前回も書いたが、

"There is a very long way to go before this is of a publishable standard"

"This still requires a lot of work before it should be shared with other authors"

的なコメントと共に真っ赤になった原稿が返ってくる、がしばらく繰り返された。

 

しまいには、1人が直したものに対して他の人が「いやこれは違う」とケチをつけたり、複数のビッグネームから相反する意見をもらったりするカオスな状況に陥り、このやり取りは永遠に終わらない気さえした。

 

当然だが、内容もさることながら、ライティングスタイルなども各自こだわりがあると学ぶ良い機会でもあった。

 

少し愚痴を言わせてもらうと、そのこだわりが前面に出過ぎたフィードバックには戸惑うこともあった。例えばXXX decreased significantly かXXX significantly decreasedか、それはfirst author(私)とlast author(主指導教官)の好みでよくないか?と思う。フィードバックする人たち同士で修正し合うのを見ると非ネイティブの私はどうしたらいいか全く分からない。ちなみに私個人としては(特にXXXの部分が長いほど)後者の方がしっくりくるのだがこれは自分がフィードバックする立場になった際に気をつけようと思った点でもある。

 

で、そんなカオスな状況は最終的にはlast authorにまとめる責任があって、彼が直接話して折り合いをつけたりして収集がついた。特にDiscussionの中核部分に関しては、私の初稿の跡形はほぼなくなったが、それなりに良い仕上がりになった気がする。

 

最初の頃の「この膨大なデータをどうやってまとめたらいいんだ...」という状態を思えば、投稿できるレベルまで少しずつ磨き上げられていく過程は、かなり興味深いものだった。途中の味わった絶望感も含めて、長く記憶に残るに違いない。

 

この原稿、5月初めにひとまずIF40(!)ぐらいのジャーナルに投稿予定。ダメなら20ぐらいのもの。いずれにしても採用されたら私としては夢のようなのだが...果たしてどうなるか。まあ一筋縄ではいかないだろう。あまり期待せずに待つ。

今の心境

2年経って感じることは色々ある。賞をもらったり嬉しいこともいくつかあったし、それなりに楽しくはやっている。

 

しかしあえて1つを挙げるなら、やはり海外博士課程の「修行感」かな、と思う。

 

苦労して積み上げた少しの自信や達成感を一瞬にして打ち砕かれる、の繰り返し。

そして根底には常に漠然とした不安感。

 

前者については、留学前から予期していたし、自分の成長の過程として時間の経過と共にある程度は消化できる。

 

一方で、後者についてはいまだに良い対処法が分からない。留学前には予期していなかったこの心境。表現が難しいのだが、「常に試験前」みたいな感覚とでも言おうか...これがボディーブローのように効いている。そして残念なことにこの不安感は、博士課程の終わりが近づくにつれてさらに増していくことは目に見えている。

 

結局、今の自分がやっていることは、研究うんぬんではなく、「己と戦い」みたいなもので、これってまさに修行そのものなのでは?と思う今日この頃。

 

少しネガティブな感じになっているが、実際そんなに悪くはない。海外PhDに挑戦したことに後悔は全くないし、数年前に戻っても同じ選択をするのは間違いない。ただ、元々超ポジティブな人間でもない、むしろ心配性な性格なので、それなりに精神をすり減らしながらやっている、という話だ。他人に対してなら「いや大丈夫だよ」と確信を持って言えるのに、自分のことになるとそれができない不思議。自分の性格は変えようと努力してもなかなか変わらない。

 

「これまでも色々乗り越えてきたから今回も大丈夫」。心の底ではそう思うだけの自信はまだ残っているので、それを頼りにやっていこうと思う。